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産地情報

契約産地情報


北海道砂川市

砂川市は、北海道のほぼ中央に位置し、東は夕張山系を境に赤平市、歌志内市、上砂川町に隣接した丘陵地帯が続き、西は石狩川を挟んで新十津川町、浦臼町に、北は空知川を挟んで滝川市、そして南は奈井江町に隣接した平地地帯が広がっています。

東西に約5.5km、南北に約12.7km、総面積は78.69km2あり、市街中心部は平地地帯で南北に細長く展開し、中央には基幹道ともいうべき国道12号のほか、JR函館本線や道央自動車道がそれぞれ南北に伸び、豊かな緑と水に囲まれた商工農のバランスがとれたまちです。

砂川の語源は、アイヌ語のオタ・ウシ・ナイを意訳したものです。
「オタ」は砂、「ウシ」は多い、「ナイ」は川を意味しています。
石狩川と空知川に抱かれるよ うな地形の砂川には、上流に歌志内を源とする「ペンケオタウシナイ川」と、下流に市街の中央を流れる「パンケオタウシナイ川」があり、アイヌ語の地名「オ タウシナイ」が生まれたものと考えられています。
(砂川市HPより)


北海道空知郡奈井江町

北海道の空知地方中部に位置する町です。
町域の西部は石狩平野の中部、石狩川左岸の氾濫原にあり、中心市街及び農業・工業地帯で、。東部は空知炭田のある夕張山地にかかり、山岳・森林地帯です。
かつては、石炭産業で栄えていた町ですが、炭鉱の閉山に伴い人口は激減していきました。
現在は、農業・工業の振興を図る一方で、福祉政策にも力点を置いている町です。

 


JA新すながわ(新砂川農業協同組合)

JA新すながわ(新砂川農業協同組合)は、平成10年2月22日(1998年)に砂川市農業協同組合と奈井江町農業協同組合が合併し、誕生しました。
北海道の主要都市、札幌市と旭川市のほぼ中央に位置し、どちらにも1時間程度で行ける利便性があり、稲作を中心に畑作・酪農・施設野菜等、地域の特色を生かした農畜産物を生産しています。
北海道の豊かな自然環境に優しいクリーン農業技術を導入し、玉葱・トマト・ミニトマト・キュウリ・メロン等では、北のクリーン農産物表示制度のYes!Clean認証を受けています。

稲作においても、特別栽培米の生産等、クリーン農業に取り組み北海道から日本一おいしい米づくりを目指しています。
特に「ゆめぴりか」の栽培では、当産地を「ゆめぴりかの里」と称し、独自のゆめぴりか憲章を定め、日々努力しています。
その成果が実り、全道ゆめぴりかコンテストでは初代チャンピオンに輝き、最高金賞を受賞。
また、今一番食べてほしいお米を消費者目線で選ぶ、米のヒット甲子園では、大賞を受賞しています。
(JA新すながわHPより)

☆ 生産者 

●JA新すながわ ゆめぴりか生産協議会
美味しさの追求、品質向上にむけて「ゆめぴりか憲章」を制定し、厳しいルールのもと、ひとりひとりが安全で安心な美味しいお米を消費者にお届けするため、日々の研究、勉強をおこたらず、本当の美味しさのため努力を惜しみません。
このような努力が認められ、平成24年度 北海道米麦改良協会共励会にて「生産グループの部」で、初代の最優秀賞を獲得しました。

●JA新すながわ カエル倶楽部
カエルと共存できる環境にやさしい米づくりを目指し、独自の栽培基準、高い技術力により、美味しさのための探求を目的に集まったお米作りの匠たちです。
「高度クリーン米ゆめぴりか」を全道で初めて生産。
農薬75%減、化学肥料を一般的な「ゆめぴりか」の半分以下とする厳しい栽培ですが、美味しいお米を皆さんに届けるために品質にこだわったお米を作っています。
このような日々の努力がみとめられ、平成26年度 北海道米麦改良協会共励会にて「生産グループの部」「個人の部」それぞれで最優秀賞を獲得しました。

●JA新すながわ 特別栽培米生産組合
ホクレンのタンパク基準7.4%以下のさらに上、6.8%以下を目指した生産をしています。


☆ 中空知エコ米生産共和国 は解散いたしました 

「中空知」は、北海道のほぼ中央に位置しするエリアで、北海道を代表する「米処」の1つで、玉ねぎ、トマト、そば、メロンなど多彩な農産物が生産される、実り豊かな地域です。
「中空知エコ米生産共和国」は、この地域で、減農薬・減化学肥料栽培に取り組んできた「JAたきかわ」「JAピンネ」「JA新すながわ」5つの水稲生産者団体が集まり、平成22年6月に作られた広域組織で、約530haの面積を有しています。

もともと中空知には、減農薬・減化学肥料に取り組む生産者団体がいくつかあり、技術研鑽や情報交換を行っていました。
「中空知エコ米生産共和国」の各生産者団体は、それぞれ「JAたきかわ」「JAピンネ」「JA新すながわ」の3つのJAに所属していて、複数のJAが一緒になって活動するのは、全国的に見ても珍しい試みでした。

そもそもは、合同研修会や組織などのつきあいで、顔見知りだった生産者同士が、情報の交換や生産技術の研究をしていたのが始まりでした。

12月10日(金)第12回中空知エコ米生産共和国定期総会が開催され、議案では栗山会長よりエコ米共和国の解散が発表され、承認を受けました。
解散といっても高度クリーン米の生産、販売はそれぞれの組織で継続して行なって参りますので、高度クリーン米への変わらぬご愛顧をよろしくお願い致します。

 


JAたきかわ

JAたきかわは石狩平野北部に位置し、平成10年に滝川市農協、江部乙町、赤平市農協の2市(滝川市、赤平市)3JAが合併し、その後平成13年に芦別市農協(芦別市)が加わりました。
合併後平成20年には生活店舗5店舗、給油所5店舗、農機センター1店舗を子会社化(株式会社 JAたきかわサービス)しています。
主要な作物は水稲、小麦、菜種、かすみ草などがあり、また特産品として菜の花館では地元の生産者による野菜、菜の花の油などの販売が行われています。

 


北海道芦別市

芦別市は、北海道のほぼ中央に位置し、中部には空知川、北部から流れるパンケ幌内川、南部から流れる芦別川の各流域に市街地位置しています。
全国の都市部の中でも広大な面積(865.02k2)を持ち、山岳・丘陵が周辺を囲み、森林が市域の89%をしめる自然に恵まれた街です。
道央に位置しながら年間の平均気温は道南地方とほとんど変わらず、降水量も年間を通じて適当であるため、農作物の生育に適しており、 凶作知らずといえるほどです。
また森林が多いため空気が澄み公害もないので、専門的な見地から保養適地と折り紙がつけられています。
その美しい自然と澄みきった空、降るように美しい星がまたたく夜空といった自然環境を生かし、星の持つ無限の愛とロマンに着目した観光のまちづくりを目指し、昭和59年12月1日に「星の降る里」を宣言しました。

また、昭和62年8月に行われた「全国星空の街・あおぞらの街コンテスト」では、環境省(当時環境庁)から「星空の街」に認定(昭和63年1月30日)されました。
今では、「星の降る里」のキャッチフレーズは、観光の枠を越えさまざまな場面で用いられ、実質ともに芦別市のイメージとして広く浸透しています。
(芦別市HPより抜粋)

芦別という名称は、市域南端から中部にかけて南北に貫流する芦別川に由来しています。
語源については、アイヌ語のアシペッ(aspet 灌木の川)で芦別川が灌木の中を流れていることに由来するという説と、芦別川上流の三段滝に由来するという説の2つがあります。
2001年に北海道が出版した「アイヌ語地名リスト」でも、「立つ川」と「低木の中を流れる川」と二つの説が併記されています。(ウィキペディアより)

 


北海道赤平市

赤平市は北海道のほぼ中央部、空知川流域にあって、東は芦別市、西は滝川市、南は歌志内市、北は深川市に接しており、東西に約14.1km、南北に約18.5kmで、市域面積は129.88km2あります。

明治24年に開拓の鍬がおろされ、大正11年4月1日、歌志内村から分村して2級町村赤平村が誕生。
さらに昭和18年2月11日町制を施行。
そして昭和29年7月1日道内18番目の市となりました。

昭和35年には、人口も最盛期には59,430人を数えましたが、石炭産業の衰退にともない人口も減少。
平成6年には最後の一山が閉山し、赤平の「石炭の歴史」に幕を下ろしました。

現在は、炭鉱産業遺産を生かした観光に力を入れるとともに、市民の英知と情熱を結集し、「水と緑豊かなふれあい産業都市」をめざしています。
赤平観光協会HPより

 


北海道滝川市

滝川市は、北海道のほぼ中央、札幌市と旭川市の中間に位置しています。
石狩川と空知川に挟まれていて、市の約6割が森林や農地です。

滝川市の語源は、アイヌ語の「ソーラプチ」=「滝下る所」を意訳したものです。
また、空知川の中流には滝のような段差がありアイヌの人々から「ソーラプチペツ」=「滝のかかる川・滝の川」と呼ばれており、滝川という地名がつけられました。

古くから交通の要衝として、また周辺の石炭産業に支えられた商業の町でした。
夏は30℃、冬はマイナス20℃を下回る夏と冬の寒暖の差の激しい内陸性気候で、積雪量は約7mにもなる豪雪地帯です。

 


樺戸郡新十津川町

樺戸郡(かばとぐん)は、北海道(石狩国)空知総合振興局管内の郡です。
「樺戸」の名称は、現在の須部都川と石狩川の合流点一帯を指す名称で、アイヌの人々が根茎を食料としていたコウホネを指すアイヌ語の「カパト(kapato)」によるもの。

新十津川町は、道央空知のほぼ中央部、樺戸郡の北端にあり、石狩川の右岸に位置しています。
東は石狩川を隔てて滝川市、砂川市、奈井江町と相対し、西はピンネシリ山脈をもって当別町、増毛山脈をもって石狩市、増毛町と接しています。
また、北は尾白利加川により雨竜町と、南は樺戸境川により浦臼町と接しています。

 


北海道JAピンネ

ピンネ農業協同組合は、平成10年2月に新十津川町のJA新十津川とJAしもとっぷの2JAと浦臼町のJAうらうすとの、3JAの広域合併により誕生したJAです。

新十津川町、浦臼町は、北海道最大の石狩川中流右岸に位置した道内有数の穀倉地帯です。
新十津川町は明治23年に奈良県の十津川村から集団移住で開拓された町として、古くから母村との絆の深い町です。
浦臼町は坂本龍馬の一族が開拓に入った町として知られ、現在も所縁のある高知県本山町との交流も盛んです。

主力の水稲の作付面積は5,100haで生産量は道内有数です。
特に「ゆめぴりか」の作付は高品質米生産の実績により、当地区での作付面積は約1,430haが確保され、「ふっくりんこ」は道内の産地と連携し「ふっくりんこ産地サミット」を形成、良質米生産に生産者組合とともに努力しております。

JA名の「ピンネ」の由来は新十津川町と浦臼町にまたがる、秀峰「ピンネシリ」(アイヌ語で男山の意味)から引用したもので、3JA合併時に公募により決定したものです。
ピンネの山のように勇壮な、そして皆様から親しまれる象徴として、地域の皆様に愛されるJAを目指しております。 JAピンネHPより

 


青森県南津軽郡田舎館

田舎館村は昭和30年4月1日、田舎舘村と光田寺村が合併して誕生しました。

津軽平野の南部に位置するこの地域からは、縄文時代や弥生時代の遺跡が数多く確認されており、なかでも弥生時代中期末の水田跡が656枚ほど発見され、全国的に有名になった垂柳遺跡(国史跡)があります。

また田舎館村には南北朝時代に既に武将の館があり、戦国時代には田舎舘城千徳氏が居住していました。
天正13年(1585)の壮烈な戦いや、五代城主千徳掃部政武の妻、於市の方の自刃は長く語り継がれています。
近年は、これらの歴史や、先人たちが築き上げてきた伝統文化を大切にしたむらづくりを進めるとともに、緑(農業、自然)と工業の調和した稲香るふるさととして発展を続け、現在に至っています。

 


稲華会(とうげかい)

2100年前の弥生時代からの稲作地帯で、今は田んぼアートでも有名な田舎館村。 その地で作られるお米のブランド確立と販路拡大を目指す会です。

 


秋田県仙北市田沢湖神代

秋田県仙北市は、県の東部中央に位置し、岩手県と隣接している地域です。
市のほぼ中央に水深が日本一である田沢湖(423.4m)があり、東に秋田駒ヶ岳、北に八幡平、南は仙北平野へと開けています。
市内には、乳頭温泉や玉川温泉といった有名温泉地や、みちのくの小京都と呼ばれる角館の武家屋敷通りがあるほか、地域の約8割は森林地帯で、自然豊かな観光地という一面もあります。
奥羽山脈から流れ出る水が大地を潤し、山々に囲まれた水田や水辺の風景など、昔ながらの姿を残した貴重な農村地帯にあります。

奥羽山脈と出羽山地に東西北を囲まれたところに仙北市神代(じんだい)地区はあります。
春になると一斉に農作業が始まり、田んぼに水が入れられると「水田鏡」となり、水田が多いこの地域はまるで湖の中に集落が点在するかのような景色が広がります。
夏には「生保内東風(おぼねだし)」と呼ばれる冷たい東風が奥羽山脈から吹き下ろします。
他地域では冷害を引き起こす風ですが、ここの地域では蒸し暑い空気を吹き流し、高温障害を避け、豊作を呼び込んでくれるため「宝風(たからかぜ)」とも呼ばれ、民謡でも歌い継がれています。
夏の終わりからは、盆地特有の朝晩の気温の寒暖差が大きくなり、イネの実りを進めてくれます。

 


秋田県仙北市西木町

秋田県仙北市は、県の東部中央に位置し、岩手県と隣接している地域です。
市のほぼ中央に水深が日本一である田沢湖(423.4m)があり、東に秋田駒ヶ岳、北に八幡平、南は仙北平野へと開けています。
市内には、乳頭温泉や玉川温泉といった有名温泉地や、みちのくの小京都と呼ばれる角館の武家屋敷通りがあるほか、地域の約8割は森林地帯で、自然豊かな観光地という一面もあります。

奥羽山脈から流れる河川は、仙北地域の水源となっています。
その中の一つ「桧木内川(ひのきないがわ)」は、清流として知られ、アユ、ヤマメ、イワナ、サクラマスの渓流釣りのスポットとしても有名です。

仙北市西木町の冬は、平均気温が氷点下を下回る厳しい寒さが続きます。
厚く降り積もった雪は、やがて雪解け水となり桧木内川に流れ込みます。
春の里山は数多くの山菜が採れ、田んぼに水が張られると動植物が元気に動き出します。
イネが大きく育つ頃、桧木内川にはアユを求めて多くの太公望が訪れます。
稲穂が出揃うと東にそびえる奥羽山脈からは暑さをやわらげる冷たい風が吹き下ろし、イネの高温登熟を防いでくれます。
夏の終わりには、空一面をトンボが覆い、秋の訪れを感じさせます。
この頃には、朝晩の寒暖差が大きくなり、イネの実りをますます進めてくれます。
ほっと落ち着く、自然豊かな田舎の原風景が仙北市西木町には残っています。

 


秋田県仙北郡三郷町

秋田県美郷町は、県南部、奥羽山脈の裾野「仙北平野」に広がる、清らかな水と自然が豊かな町です。
標高50mに位置する扇状地の扇端部にあり、田園風景が開けています。

米づくりの他、アスパラガス、エダマメ、キャベツ、キュウリ、トマト、ネギ、ホウレンソウ、シイタケ、スイカ、花きといった品目の栽培が盛んな地域で、扇状地である町内ではあちらこちらから清水が湧き、絶滅危惧種のイバラトミヨが生育するほど水が美しい町です。

町の花はラベンダーで、約2haの広大な畑に2万株ものラベンダーが咲き誇る様子は、美郷町の初夏の風物詩となっています。
美郷町オリジナル品種のホワイトラベンダー「美郷雪華(みさとせっか)」も必見で、白と紫色のコントラストを一目見ようと、多くの観光客がラベンダー園を訪れます。

箱入り娘ゆめおばこが栽培されている美郷町千畑地区は、冬には積雪2mを超す年もある豪雪地帯。
寒く厳しい冬が終わると、ゆっくりと春が訪れ芽吹きの季節を迎えます。
田植えは5月中下旬の爽やかな陽気の中で行われます。
タニシやイトミミズなどたくさんの生き物が「米の精」を分解して栄養に変えてくれている初夏。
夏期の日照時間は長く、日差しをたくさん浴びてイネは元気に育ちます。
秋になると盆地特有の気候により朝と日中の気温差が10℃以上にもなります。
この寒暖差がイネの実りを進め美味しいお米が仕上がっていきます。
高台から見渡すとそこには黄金色に実った田んぼが一面に広がる美しい景色。
春夏秋冬、イネと生き物、自然が四季を彩ってくれる自然環境です。

 


秋田県JA秋田おばこ

JA秋田おばこは、1998年4月に大曲仙北地区1市10町3村にあった20のJAが一つとなって誕生しました。
現在では、市町村合併が進み、2市1町(大仙市、仙北市、美郷町)およそ12万人の住民が生活する地域を管轄する、県内初の広域JAです。

「秋田おばこ」とは「秋田で育った娘さん」のことだと伝えられています。
大曲・仙北地方は『秋田おばこ』の本場として知られ、特に美人が多いところとされています。

 


秋田県JA秋田しんせい

JA秋田しんせいは、秋田県の南西部に位置し、東に出羽山地、西に日本海、南に鳥海山を擁し、その海と山がもたらす穏やかな気候と子吉川を本流とする清らかな河川など、自然に恵まれた緑豊かな地域で、由利本荘市・にかほ市の2市が管内となっています。

平成9年4月1日に旧本荘市、旧岩城町、旧大内町、旧東由利町、旧由利町、旧矢島町、旧鳥海町、旧西目町、旧仁賀保町、旧金浦町、旧象潟町の11JAが広域合併して誕生しました。

農業においては、それぞれ特徴のある地形と気候風土の中、主力である米穀のほか、農林産物、畜産物などの多彩な産物が育まれています。

 


秋田県由利本荘市

由利本荘市は、秋田県の南西部に位置し、北は秋田市、南はにかほ市、東は大仙市、横手市、湯沢市、羽後町に接しています。

南に秀峰鳥海山、東に出羽丘陵を背し、中央を1級河川子吉川が貫流して日本海にそそぎ、鳥海山と出羽丘陵に接する山間地帯、子吉川流域地帯、日本海に面した海岸平野地帯の3地帯から構成されています。
秋田県内最大面積の市町村で県の10分の1を占め県内一の面積を誇ります。

 


秋田県JAかづの

鹿角市は、秋田県の最北東部、北東北3県のほぼ中央に位置していて、北は青森県、東は岩手県に接しています。
東西20.1kmキ、南北52.3kmと南北に長く、総面積は707.52km2です。 北に十和田湖、南に八幡平国立公園があります。
市内には、鹿角八幡平、十和田の2つのインターチェンジがあり、盛岡市、青森市、八戸市など、主要都市と1時間圏内で結ばれています。
JAかづのは、十和田八幡平国立公園のど真ん中にある農協です。
冬は雪深く、温泉もあり、大日堂舞楽、花輪ばやし、大湯環状列石、毛馬内盆踊りといったユネスコ登録のイベントも開催しています。

 


秋田県鹿角市

鹿角市は、秋田県の最北東部、北東北3県のほぼ中央に位置し、北は青森県、東は岩手県に接していて、北に十和田湖、南に八幡平国立公園があります。
古くは鹿角ではなく、「上津野」と表記していました。
市内には、鹿角八幡平、十和田の2つのインターチェンジがあり、盛岡市、青森市、八戸市など、主要都市と1時間圏内で結ばれています。

市内には沢山の縄文遺跡があります。
少なくとも5千年まえから人が住んでいたと推定され、3~4千年まえには大湯環状列石(世界文化遺産)がつくられるなど、広い文化圏の拠点になっていたと考えられます。
中世になると三戸南部氏の領土となり、貴重な鉱山資源や紫根染、茜染という織物などの特産品を生んできました。
明治4年に秋田県に編入され、昭和47年に花輪町、十和田町、尾去沢町、八幡平村の4つの町村が合併して、現在の鹿角市が誕生しました。

 


山形県東置賜郡高畠

高畠町は、山形県の南東にある町で、奥羽の山なみ深くに源流をもつ屋代川・和田川の扇状地に拓けた稔り豊かな美しい町です。
山々や丘陵には、貴重な古墳や洞窟岩陰群が点在し、東北の高天原といわれるほどです。
ぶどう〈デラウエア生産量日本一〉、りんご、梨など、農業の盛んな町としても知られていて、まさに「まほろばの里」と呼ぶにふさわしいところです。

「まほろば」とは、古事記などにしばしばみられる「まほら」という古語に由来する言葉で、「丘、山に囲まれた稔り豊かな住みよいところ」という意味を持っています。
高畠町ホームページより https://www.town.takahata.yamagata.jp/index.html

 


山形県 遠藤五一

遠藤五一氏 略歴
~ 昭和61年から有機農法に取り組む ~
・菊池米ブランド推進協議会の良質米づくり水稲栽培技術指導員
・山形県上和田有機米生産組合前組合長
・山形県高畠町農業委員
・山形県「つや姫マイスター」「つや姫大使」※2つの称号を持つのは日本で一人
・鳥取県江府町「奥大山プレミアム特別栽培米スーパーアドバイザー」
・千葉県木更津市「木更津農協にこまる研究会指導員」
・ETV特集 「里山はうまいコメを育む」 ~ 山形県高畠町の1年~(NHK)
・カンブリア宮殿 №77 「信念の米作り~日本一うまい米を作る男~」(テレビ東京)
・「ザ!鉄腕!DASH!!」稲作指導員(日本テレビ)
・アニメ作品『おもひでぽろぽろ』トシオのモデル
・その他、多数TV出演

・「全国 米・食味分析鑑定コンクール」4年連続金賞受賞(2003年~2006年)
・「全国 米・食味分析鑑定コンクール」ダイヤモンド褒章受賞
 (ダイヤモンド褒章とは、5回以上の金賞受賞者で、3回連続の総合部門金賞を果たした生産者に、米食味鑑定協会が贈るいわば「お米づくり殿堂」というべき栄ある賞)
・「お米日本一コンテストinしずおか2018」最高金賞受賞
・「お米日本一コンテストinしずおか2019」最高金賞受賞
(2019.12月現在)

 


山形県 上和田有機米

有機農業の里高畠町の東南部に位置し、奥羽山脈の清流に注ぐ和田地区に1986年上和田有機米生産組合は誕生しました。
豊かな郷土愛と情熱的な行動力を持つ農業者達は経済至上主義がもたらした歪みを直視し、先達の農の神髄を極めんとする試行錯誤と自立を求める強い意志に学び、食の本質と地域環境保全、生消提携による主体的流通を探求し、様々な運動を展開してきました。
それは共感する消費者とともに創造する土づくり・ふるさとづくりの歩みです。

 


山形県南陽市

南陽市は、東に奥羽山脈をひかえ、南から西にかけて吾妻(あずま)山系と飯豊(いいで)山系に囲まれた山形県南部の置賜盆地に位置し、北部は山地で南に沃野(よくや)が開け気候にも恵まれており、米・野菜・果樹などの栽培に適しています。
また、赤湯温泉・鶴の恩返しの伝説をはじめ豊富な観光資源に恵まれ、交通アクセスも山形新幹線や国道13号・国道113号が走っており県南地方の要衝の地となっています。

南陽市は、北に丘陵、南に沃野、開湯900年余の伝統ある赤湯温泉や宮内熊野大社など、すぐれた伝統と歴史をもった未来あるまちです。
郷土の民話を伝える「夕鶴の里資料館・語り部の館」や国指定史跡「稲荷森古墳」公園等の歴史と文化、さらに全国のスカイスポーツの中心として知られる「南陽スカイパーク」や市民の健康増進を図る「中央花公園(市民体育館)」などの地域文化を大切にしながら、市民の安全な暮し、ライフサイクルに応じた安心な暮し、そしてうるおいのある暮しを目指して、みなさんが住んでいて良かったと思うまちづくりを進めています。

 


山形県 黒澤信彦(黒澤ファーム)

人は食べなければ生きていけない。
日本の伝統的な主食の「米」はこれまで人々の食を支えてきました。
しかし、食の多様化が進んだことで国内における「米」の消費量は減少傾向にあり、1人当たりの年間消費量は昭和40年頃と比較すると半分以下となっている現状があります。
さらに、炊飯器で炊いて食べる「米」よりも電子レンジ等で温めて食べる「米」の消費量は増加傾向にあり、食べ方も変わってきています。
食に対する想いや環境は変化しても、生きていくためには食べなくてはいけません。
医食同源という言葉があります。
これは病気を治療することと食で病気を予防することは同じことという意です。
私たちは農業が医療産業と同じくらい必要かつ大切な産業なのではないかと考え、食と健康を支える農業という職に誇りを持ち日々の作業に取り組んでいます。

 


宮城県栗原市

平成17年4月1日(金曜日)、築館町、若柳町、栗駒町、高清水町、一迫町、瀬峰町、鶯沢町、金成町、志波姫町、花山村の栗原郡10町村が合併し「栗原市」が誕生しました。
栗原市は、約800平方キロメートルと宮城県内でもっとも広い面積を誇る高原都市です。

市域は、奥羽山脈から流れ下る迫川・二迫川・三迫川および、旧迫川の支流の流域におさまる。
北西部は山地。中部・南東部では河川沿いの低地と丘陵線が東西に伸びて入り混じる。
低地部分のほとんどは水田となっている。

 


宮城県JA新みやぎ

令和元年7月1日、県北部地域5JA(栗っこ・南三陸・あさひな・いわでやま・みどりの)が合併し、JA名称「新みやぎ農業協同組合(愛称:JA新みやぎ)」となりました。

西は奥羽山脈、北上川の広い中流域を挟んで東は三陸海岸まで、南は仙台圏に至ります。
農業では、ひとめぼれなどの米を中心に、宮城県が誇るブランド牛「仙台牛」の一大産地として、また、トマトやキュウリ、ネギ、シイタケなど多品目の園芸作物の生産地として、農畜産物の生産が盛んな地域です。

 


宮城県JAみやぎ登米

平成10年4月に登米市(旧登米郡)8町8JAが広域合併して発足しました。
管内の東を北上川が、西を迫川が北から南へと流れ込み、その豊富な水源は生活用水のみならず、稲作を中心とする農畜産業を支える農業用水として非常に重要な役割を果たしております。

また、北上川の東方は北上山地が縦走する山間地域となっており、迫川の西方は国内2番目のラムサール条約指定登録湿地である伊豆沼および長沼があり、毎年多くの渡り鳥が訪れます。
管内の中央に広がる肥沃な穀倉地帯は県内有数の『米どころ』を形成し、管内全域で環境保全米運動を展開しております。

※ラムサール条約の正式名称は「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」です。
ラムサール条約は、地球規模で移動する渡鳥を保護するために、国家間で協力して水辺の自然「ウェットランド」を保全することを目的とした環境条約です。

 


宮城県登米市

宮城県の北東部に位置し、北部は岩手県、西部は栗原市および大崎市、南部は石巻市および涌谷町、東部は気仙沼市および南三陸町に接しています。

西部が丘陵地帯、東北部が山間地帯で、その間は広大で平坦肥沃な登米耕土を形成しています。
県内有数の穀倉地帯であり、宮城米「ササニシキ、ひとめぼれ」の主産地として有名な地域です。
河川は、迫川、夏川が圏域のほぼ中央を北西から南東に貫流し、圏域東側を北から南に流れる北上川と旧北上川を介して合流しており、農業用水や上水道の水源になっています。
また、圏域北西部には白鳥、ガンなどが飛来するラムサール条約湿地の伊豆沼・内沼、長沼、さらに南部には平筒沼があり、水の里としての様相を呈しています

 


茨城県ひたちなか市

ひたちなか市は、茨城県の中央部からやや北東、水戸市の東隣に位置し、南部の那珂川周辺および東部の太平洋沿岸の低地地区と、那珂台地と呼ばれる平坦な台地地区から成り、全域が関東平野に属していて、平成6年11月1日に勝田市と那珂湊市が合併して発足している市で、有名な観光地としては「国営ひたち海浜公園」があります。
ちなみに、旧国名の「常陸」の中心に位置することと、かつて那珂郡に属していた地域であることにちなんだ名前だそうです。

 


茨城県潮来市

潮来市(いたこし)は、茨城県南東部の鹿行地域に位置する市で、東京から80km圏に位置しています。
西に霞ヶ浦・常陸利根川、東に北浦、南に外浪逆浦と水辺に囲まれ、市内の中心にも前川が流れる水郷地帯で、江戸時代に利根川水運の港町として栄え、現在は水郷筑波国定公園の一角となっています。
水郷潮来あやめ園を中心としたあやめ(花菖蒲)の名所や川を巡る十二橋めぐりといった水郷特有の観光名所が有名ですが、市の南部は田園地帯が広がり、米栽培を中心とした農業が盛んです。

 


茨城県筑西市

筑西市 (ちくせいし)は、茨城県の県西地域北部に位置し、2005年に1市3町が対等合併して誕生した市。
東京都心から北へ約70km、茨城県の西北部に位置し、東西は約15km、南北は約20km。
北東端の一部に阿武隈山系に連なる標高200mほどの丘陵地帯がある他は、ほぼ全域が標高約20~60m程度の平地または極なだらかな丘陵である。

複数の河川が流れ水利にも恵まれていることから古くから水田耕作が盛んであり、田耕地面積は市の総面積の約4割、生産量が県内1位である梨のほか、こだますいかやとちおとめ、米など農業が盛んで、畑を含めた耕地面積は市域の半分以上を占めている。

 


茨城県 大嶋康司:大嶋農場

百笑米(大嶋農場)の農場は、茨城県筑西市の桑山という場所にあります。
ここは、茨城県のやや西側に位置し、すぐ北隣は栃木県との県境です。
この町の南側にはあの有名な筑波山があります。
また、小貝川や五行川などの河川もあり、これらの川によって運ばれた山砂がお米の栽培に適した水はけの良い土壌を形成しています。

百笑米(大嶋農場)は、独立行政法人 農業・生物系特定産業技術研究機構(NARO)との利用権許諾契約によって、「ミルキークイーン」、「ミルキープリンセス」、「LGCソフト」、「黒米(朝紫)」、「赤米(夕やけもち)」などを原種で毎年田植えが出来る環境にあります。
また、百笑米では、お米の食味にもこだわっています。

大嶋農場では、量より質にこだわった米づくりをしています。
米の食味、旨味を上げるために、私たちは、圃場に「海からの恵み」「土からの恵み」「山からの恵み」をそれぞれバランスよく与えています。
「海からの恵み」は、牡蠣殻とにがり、「土からの恵み」は、収穫した米の籾殻や米ぬかに糖蜜も。
そして「山からの恵み」としては、この地域に根付く土着菌が付いている笹を入れ、その微生物の力を活用します。
さらに、ミネラル豊かな沖縄産天然塩「雪塩」、国産蜂蜜も撒きます。
これらの豊富な養分に加え、何よりも美味しい米をつくって、食べていただく方たちに、喜んでいただくことを目指す、揺るぎない信念に支えられた、米づくりに向き合う日々の仕事が、大嶋農場ならではの特徴ある米の旨味を生み出します。

 


新潟県魚沼市

魚沼市は、平成16年11月1日に、北魚沼郡堀之内町、小出町、湯之谷村、広神村、守門村、入広瀬村が合併して誕生しました。
新潟県の南東部に位置し、福島県と群馬県の県境に接していて、西を魚沼丘陵、東を越後山脈に挟まれた魚沼盆地の北方に位置する魚沼市は、夏は高温多湿で、冬は3メートルもの積雪がある豪雪地帯です。

北魚沼地方:魚沼市(旧 小出町、堀之内町、湯之谷村、広神村、守門村、入広瀬村、小千谷市、 川口町(長岡市へ合併)
中魚沼地方:十日町市(旧 十日町市、中里村、川西町、松代町、松之山町)、津南町
南魚沼地方:南魚沼市(旧 六日町、塩沢町、大和町)、湯沢町

 


新潟県長岡市川口

川口町(かわぐちまち)は、かつて新潟県北魚沼郡に存在していた町です。
小千谷市への通勤率は27.4%・長岡市への通勤率は10.4%(いずれも平成17年国勢調査)。
2010年3月31日に、長岡市へ編入しています。
合併前まで、長岡市と境を接してはいなかったため、飛び地合併となってしまいました。
信濃川とその最大支流の魚野川との合流点でもあります。

 


新潟県入広瀬

入広瀬村(いりひろせむら)は、新潟県北魚沼郡にあった村。
2004年11月1日に小出町、堀之内町、湯之谷村、広神村、守門村との合併により魚沼市となりました。
国内有数の豪雪地帯であり、1936年(昭和11年)には積雪606cmを観測したました。

 


新潟県JA魚沼

令和5年3月7日開催の、第4回魚沼地区JA合併協議会、及び令和5年4月3日開催の第5回魚沼地区JA合併協議会にて、「JA十日町、JA津南町、JA北魚沼、JA越後おぢや」の4JAは、経営基盤の強化や魚沼産米のブランド力アップなどを目指していくために、2024年2月に合併して「魚沼農業協同組合(JA魚沼)」となりました。
JAみなみ魚沼(JA魚沼みなみ・JAしおざわ)は不参加となりました。

名称考案理由は、全国的に知名度のある魚沼地域のJAであり、特にコメの生産地としてブランド力のある「魚沼」とするはこと、農産物の販売を進めるうえで有利に展開できること。
特に判り易くて表記が短く、知名度のある「魚沼」とすることで、魚沼ブランド地域のJAであることを組合員やお客様に認知してもらうことが出来るです。

北魚沼は、新潟県中越地方の群馬県、福島県と隣接する魚沼市、長岡市川口地区を区域としています。
越後三山を背景に鮎漁の盛んな清流魚野川や悠々と流れる日本一の大河信濃川など、自然に恵まれた、緑豊かな農村地帯です。
魚沼市、長岡市川口地区を合わせた総面積は約1,000km、耕地面積は約4,100haで、農業は稲作が中心です。
地域は県内でも有数の豪雪地帯でもあります。
JA魚沼(旧:JAきた魚沼)HPより

 


新潟県佐渡市

佐渡市(さどし)は、新潟県西部に位置する佐渡島全域を市域とする人口約5万6000人の市。
面積は854.76km、これは、島嶼部を除いた東京都(東京23区・多摩地域)の面積1791.47kmの約48%にあたり、また大阪府の面積1897.86kmの約45%に相当する。
(ウィキペディアより)

自然環境と一体となって形成する歴史的・文化的遺産、特に建造物や史跡、民俗文化財などは、地域の誇りとして大切に保存、継承してきた貴重な財産です。
佐渡島は、豊かな自然とともに育まれてきた固有の歴史的・文化的遺産に恵まれ、これらの核になるものは、文化財保護制度などにより保護が図られています。
特に佐渡島には金銀山に関連する遺跡・建造物などが広く分布し、人類が獲得したすべての鉱山技術の変遷を目の当りにできる島として、世界的にも稀有な存在といえます。

江戸時代初期には、世界の産金量の実に5%にあたる年間約400kgの金を産出し、各地から山師や金堀大工などが佐渡に集まり、17世紀前半の最盛期には相川の人口は5万人に達したといわれています。
島外からの人々の流入により、さまざまの宗教、芸能、風俗などが持込まれ、在来の文化と交流して多様性のある独自の文化が佐渡で花開きました。
33棟が現存する能舞台と能楽、神事芸能、鬼太鼓などの民俗芸能は、鉱山に由来するものです。
佐渡市では、「金と銀の島、佐渡:鉱山とその文化」をコンセプトに、世界遺産登録を目指しています。(佐渡市HPより)

 


新潟県JA佐渡

JA佐渡・JA羽茂は令和6年3月1日をもって合併し、JA佐渡の1JA体制となりました。
合併の理由は、農業・地域の環境が大きく変化している中で、生産活動を維持し後世に繋いでいくためには、今ある地域の力を結集し、環境変化に一致協力して対応していく必要があります。
そのためにJAの果たす役割は大きく、その事業を維持・向上させ地域の諸課題の解決に取り組むため、合併による組織・事業・経営の強化を一つの道として、佐渡地区の2JAの力を結集し協同の力で乗り越えていく必要があります。
これまで以上に、農業や地域に対して役割を発揮し、組合員・利用者・地域に貢献するため、合併による組織・経営基盤の整備・強化を行います。

 


福井県吉田郡永平寺

福井県都福井市に隣接する永平寺町は、県内最大の河川九頭竜川が中央を流れ、町内には九頭竜川に平行して国道416号線とえちぜん鉄道(勝山永平寺線)が走っています。
西部には北陸自動車道が南北に通っており、福井北ICが近くに位置しています。

大本山永平寺や吉峰寺、松岡古墳群など多くの歴史文化資源が集積しています。
また、福井大学医学部、福井県立大学など学術研究機関なども立地しています。(永平寺町HPより)

 


新潟県JAふくい永平寺

JA永平寺は、1972年(昭和47年)に吉田郡管内の4農協が合併し吉田郡みどり農協を設立し、1982年(昭和57年)に名称変更し吉田郡農業協同組合となり、2016年(平成28年)の名称変更により現在の永平寺町農業協同組合(JA永平寺)となりましたが、2020年4月1日に「JA福井県」となりました。

中心部を貫いて流れる清流大河九頭竜川は水量が豊富で太い流れに育った鮎は身が締まりおいしいことで有名です。
山麓一帯は白山水系にも恵まれ、肥沃な土壌で生産工程管理記帳により丹精込めて育てられたお米は県内でも有数の良食味米です。
近年では、れんげの花を咲かせそれによる養分で栽培する特別栽培米「れんげ米」にも力を入れています。
(JA永平寺より)

JA福井県は、2020年4月1日に、福井県内にある10のJAが合併して発足しました。
合併に参加したのは、JA福井市、JA福井市南部、JA永平寺、JA花咲ふくい、JAはるえ、JAテラル越前、JAたんなん、JA越前丹生、JA敦賀美方、JA若狭で、JA越前たけふの区域を除いた地域です。

 


長野県飯山市

長野県内で最も低い千曲川沖積地に広がる飯山盆地を中心に、西に関田山脈・東に三国山脈が走る南北に長い地形をもっており、南西部には斑尾高原、北西部には鍋倉山、東部には北竜湖などがあり、多くの自然資源に恵まれた地となっています。

近傍都市への距離は、長野市へ36km、中野市へ15km、新潟県妙高市へは25kmとなっています。
主要交通網としては、国道117号・292号・403号が市内を走り、長野市から新潟県十日町方面へJR飯山線が走っています。

飯山の気候は、春から秋にかけては内陸盆地型気候となっています。
冬季は日本海からの季節風が、南西の斑尾山から北西の鍋倉山にかけて連なる関田山脈の影響によって上昇気流を生じるため、日本でも有数の豪雪地帯となっています。
年平均気温は11.1℃、年降水量は1,555mであり、最深積雪平均は平地で176cm、山間部では350cmを上回り、一年のうち約3分の1の期間が、雪におおわれています。

千曲川に注ぎ込む大小のさまざまな河川を辿れば、そこには豊潤な大地が一面に広がり、さらに上流では、名水の誉れ高い湧き水と豊かな森が広がっています。
さらに、日照時間が多く、昼夜の寒暖の差が大きい、この地域ならではの気候と環境が、美味しいお米を作り上げる大切な要素なのです。

 


長野県JAながの

2016年9月1日に、北信にあった5つのJA(JAちくま・JA須高・JAながの・JA志賀高原・JA北信州みゆき)が合併し、「JAながの」となりました。
JA北信州みゆきは、長野県飯山市に本部を置いていた農業協同組合で、2016年(平成28年)にJAながのと合併し消滅しました。

 


長野県ブナの恵

長野県の北信州に位置する飯山市の一般社団法人「ブナの恵」です。

 


長野県北安曇野郡松川村

長野県の北西部、安曇野の北寄りに位置し、東西10.8km、南北7.3kmで、西北部には急峻で雄大な北アルプスが聳え、この北アルプスに源を発する高瀬川、乳川、芦間川、中房川に囲まれた、面積47.08kmの山紫水明な平地農村です。
豊かな田園風景が広がり、安曇野の田園風景が残るところと言われています。
また、日本の中でも、自然の鈴虫が生息する数少ない地域で「鈴虫の里」と呼ばれています。

農地は、標高560mから630mの平坦地にあり、総耕地面積1,257haの主は稲作が中心で、北アルプスの山々から流れる清流と、肥沃な大地、日中と夜間の大きな気温差など、お米の生育にとって恵まれた環境です。

 


長野県鈴ひかり(乳川の里)

株式会社「乳川の里」は、信州安曇野松川村板取区西部地区の農家が設立した農業生産法人です。
名峰有明山を西に臨み、ちひろ公園前を流れる清流乳川の東に広がる肥沃な水田農業地帯で、特別栽培米「コシヒカリ」、長野県オリジナル米「風さやか」、上質酒米「美山錦」「ひとごこち」、「サンふじ」や「シナノスイート」などのりんごを栽培しています。

 


岐阜県下呂市

下呂市は、岐阜県の中東部に位置し、北は高山市、南は加茂郡、西は郡上市、関市、東は中津川市と長野県に接しています。
ほぼ中央を飛騨川が南へ流れ、西には馬瀬川があり、周囲には霊峰御嶽山をはじめ1000もを越える急峻な山々がそびえ、飛騨木曽川国定公園や県立自然公園なども位置する自然豊かな地域です。
また、飛騨川に沿って国道41号やJR高山本線が通り、横断する形で国道256号等が通じています。
下呂市HPより

 


三重県鈴鹿市

鈴鹿市は、東に伊勢湾、西に鈴鹿山脈と恵まれた自然環境の中にあり、伝統ある歴史と文化に育まれ、生き生きとした生活ができるまちです。

昭和17年12月、軍都として2町12カ村が合併し、人口約5万2,000人から出発した本市は、自動車産業など数多くの企業を誘致し、伊勢湾岸地域有数の内陸工業都市として発展してきました。
また、農業においても、恵まれた豊かな大地で、茶や花木をはじめ、水稲などの生産が活発に行われ、農業と工業がともに成長した「緑の工都」として現在に至っています。
さらに近年では、国際交流や市民文化の向上に力を入れるなど、あらゆる面からの発展を遂げてきました。

市の総面積は194.46km、人口約20万人で、産業、経済、文化、市民生活など調和のとれた発展を続け、国際的な観光都市としても知られています。
鈴鹿市HPより

 


滋賀県長浜市

長浜市は、滋賀県の東北部に位置し、東西約25km、南北約40kmと市域は東西に短く南北に長く、北は福井県、東は岐阜県に接しています。
周囲は伊吹山系の山々と、ラムサール条約の登録湿地でもある琵琶湖に面しており、中央には琵琶湖に注ぐ姉川や高時川、余呉川等により形成された豊かな湖北平野と水鳥が集う湖岸風景が広がり、県内でも優れた自然景観を有しています。
琵琶湖を含めた市域面積は680.79km²で、平成の大合併により市域は琵琶湖から岐阜県境・福井県境まで拡大し、湖北地方の大部分を占めていて、広さは高島市に次いで滋賀県下第2位です(陸部のみの面積は県下第1位)

この地域は、京阪神や中京、北陸の経済圏域の結節点としての位置にあり、京都市や名古屋市からはおおよそ60kmメートル圏域、大阪市からはおおよそ100km圏域にあり、JR北陸本線・湖西線や北陸自動車道を主な広域交通軸として、これらの経済圏域と利便性高く結びついています。
また、北國街道やこの街道と中山道を結ぶ最短経路であった北國脇往還沿道や、戦国時代を偲ばせる長浜城や小谷城跡、賤ヶ岳、姉川古戦場をはじめ、竹生島の宝厳寺、渡岸寺の国宝十一面観音をはじめとする数多くの観音が祀られる観音の里など、すぐれた歴史的遺産を有しています。

 


滋賀県東近江市

東近江市は、滋賀県の南東部に位置し、北は彦根市、愛荘町、多賀町、南は竜王町、日野町、甲賀市、西は近江八幡市と接しており、東は三重県との県境になっています。
地形は東西に細長く、東に鈴鹿山系、西に琵琶湖があり、愛知川が市域の中央を流れています。
また、市の南西部には日野川が流れています。
この両川の流域には平地や丘陵地が広がり、緑豊かな田園地帯を形成しています。
さらに地域内には箕作山(みつくりやま)や繖山(きぬがさやま)などが点在し、豊かな自然に恵まれています。
総面積は、約388km(滋賀県総面積の約9.7%)で、高島市・長浜市・甲賀市・大津市に次いで県内で5番目に大きな市です。

そして、愛知川によって形成された平野部を中心に、田園地帯が広がっており、市域の22%(山林を除いた面積の51%)を水田が占めています。
本市の農業は、この湖東平野の肥沃な土地により、良質な近江米、麦、野菜、乳用牛、花卉、果実などの高い農業生産を誇っています。
また、山間部では政所茶に代表されるお茶の産地としても名声を博しています。
東近江市HPより

 


京都府綾部市

日本列島のほぼ中央に位置していて、北に細長い形の京都府は、47都道府県中31番目の大きさです。
北は日本海と福井県、南は大阪府、奈良県、東は三重県、滋賀県、西は兵庫県と接しています。
そのほぼ中央に位置する丹波山地を境にして、気候が日本海型と内陸型に分かれます。
丹後・中丹地域の海岸線は、変化に富むリアス式海岸で、豊富な景勝地や天然の良港に恵まれています。

綾部市は、京都府の中央北寄りに位置し、市街地を由良川が流れています。
JR山陰本線と舞鶴線が市内を横断し、道路は国道27号線が市内を縦断する。高速道路は舞鶴若狭自動車道と京都縦貫自動車道が交わる交通の要衝となっています。
舞鶴若狭自動車道と京都縦貫自動車道、そしてJRの山陰本線と舞鶴線が市域で交差する交通の要衝地です。
古代には丹波国漢部(あやべ)郷と呼ばれ、「綾部」(あやべ)は、江戸時代初期までは「漢部」(あやべ)と記されていました。

 


島根県隠岐郡隠岐の島

隠岐の島町は、島根半島から北東約80km沖合い、北緯36度(新潟県南魚沼とほぼ同位置)島根半島の北方約60kmに位置し、北緯は石川県南部とほぼ同じ位置にあり、大小180を超える日本海に浮かぶ群島です。
交通機関は島根半島よりフェリーで2時間半、高速船で1時間10分、大阪より飛行機で1時間です。

隠岐の気候は近海を流れる対馬暖流の影響を受け、夏冬の気温差比較的少ない海洋性気候厳冬期を除き通年温暖。
隠岐固有の動植物など希少な自然が良好に保持されていることから、2013年9月9日に、ユネスコの隠岐世界ジオパーク(国内6箇所目)に認定されました。
世界的に貴重な地形・地質や美しい自然環境がのこり、それらをうまく利用した人々の暮らしや文化、歴史があり、その営みを継承する仕組みが残る自然豊かな他に類を見ない貴重な島です。

隠岐は、古くは流刑の島でした。
特に貴族など政治犯が流された島であり、後鳥羽上皇や後醍醐天皇などが有名で、貴族文化の影響を受け、独特の伝統と文化が保存継承されています。

 


島根県邑智郡邑智町

島根県のほぼ中央に位置し、東側は出雲市、西側は江津市、浜田市と接しており、南側は広島県の境とも接しています。
「中国太郎」の異名を持つ中国地方最大の川、「江の川」流域の本支流沿いに位置する自然豊な農村地帯です。

標高50~100mの地域に位置する川本町・美郷町「旧邑智町・旧大和村」・江津市桜江町と邑南町の一部の地域(旧羽須美村)、江の川支流、標高200~400mの地域に位置する邑南町「旧瑞穂町」「旧石見町」の1市3町に大別されています。

前者は冬期の積雪も少なく比較的温暖で、河川沿いということもあり、その特色を生かし、ゴボウ・茶等の生産が盛んである。
後者は中国山地の麓に位置し高原・盆地状の地形で比較的平坦地も多く、稲作、高原野菜、酪農、和牛の生産地で、古くから堆肥を活用した土づくりが行われており、肥沃な大地で育まれるお米の評価は高く、良品質米の産地として知られています。

 


島根県浜田市弥栄町

弥栄町の南にそびえる雄大な弥畝山(やうねやま)にちなんで命名された「弥栄村」は、昭和31年8月に安城村と杵束村の2か町村合併により誕生しました。
49年の歴史を刻んだのち、平成17年10月1日に新浜田市弥栄町となりました。
人口約1,400人、総面積105.5kmの、自然豊かな山間の小さな町です。

日本海に面した「漁港の町 浜田」から車で約30分。
いくつものトンネルをぬけ、山の奥へ奥へと進むと、静かな山あいに懐かしい田園風景が現れます。 そこには信号もコンビニもなく、あるのは手つかずの自然と、人々がていねいに育みつづけてきた田畑のみです。
大自然にそっと寄り添うようなその風景は、まさに「秘境」そのものです。

 


島根県大田市仁摩町宅野

仁摩町宅野は島根県中央部にあり、東は大田市、南は温泉津町に接し西は日本海に面していて、宅野浦を有しています。
総面積の76%が丘陵地帯で、この地域の主産業は農林漁業です。
沿岸砂丘地帯はイワシ網を主とした沿岸漁業が早くから行われ、人口吸引を強めて漁業集落を形成していました。

古くから左官の出稼地として有名で、石見銀山が本格的に開発された大永6年(1526)頃から、採掘された銀鉱石は、この宅野や馬路から博多に積出されていて、江戸期を通じて幕府領大森代官所支配地でした。

 


島根県大田市長久町(石見銀山)

石見銀山は、島根県大田市にある戦国時代後期から江戸時代前期にかけて最盛期を迎えた日本最大の銀山(現在は閉山)で当時世界の銀の3割を産出し、大森銀山とも呼ばれ、江戸時代初期は佐摩銀山と呼ばれました。
鉱脈は石見国東部、現在の島根県大田市大森の地を中心とし、同市仁摩町や温泉津町にも広がっていました。
日本を代表する鉱山遺跡として1969年(昭和44年)に国によって史跡に指定されました。
2007年(6月28日にニュージーランドのクライストチャーチで開催されていた世界遺産委員会でユネスコの世界遺産(文化遺産)への登録が決まり、7月2日に正式登録されました。
一般に銀山開発においては銀の精錬のため大量の薪炭用木材が必要とされていましたが、石見銀山では適切な森林の管理がなされたことにより、環境への負荷の少ない開発がなされ、今日に至るまで銀山一帯には広葉樹などを含む森林が残されてきている点が特に評価されています。

2007年には日本の地質百選にも選定されています。
初期には仙ノ山山頂付近から自然銀に富む福石が主に産出し、開発が進行するにつれ地下深くなり、銀を多く含む黄銅鉱、黄鉄鉱、方鉛鉱などの永久鉱床の採掘に移行していったそうです。

大田市(おおだし)は、島根県の中西部にある都市で、日本海に面しています。
平成17年10月1日、大田市、邇摩郡温泉津町と同郡仁摩町が合併して、新「大田市」が誕生しました。
石見地方内では、石東地域(石見東部地域)に位置し、大田市、浜田市、益田市で石見三田(いわみさんだ)と呼ばれています。(ウィキメディアHPより)

 


高知県高岡郡四万十町

高知県西南部の清流四万十川の中流域に位置しており、管内は、東は太平洋に面した海抜0mの温暖な地区と、北西部は四国山脈に囲まれた中山間地です。

窪川地区の米作りは、今から約400年前の江戸時代初期よりはじまったと伝えられています。
県内でも歴史のある米の産地であり、県内唯一の大規模乾燥調整貯蔵施設(カントリーエレベーター)が設置されていることでも有名で、「一年間を通じて新米の味をお届けする」をモットーにお米の販売も積極的に行っています。

お米のほか特産品には、台地部で栽培されている日本一の生産量を誇る生姜をはじめ、ハウス栽培ではニラやキュウリ、水耕セリ等のほか、海岸部では温暖な気候を利用したハウスミョウガ、ピーマンの栽培も行われています。
また、乳牛、和牛、養豚、養鶏などの畜産も盛んな町でもあります。
水産業では、四万十川産の天然鮎や養殖ウナギなどのほか、海岸部ではシーラ(マヒマヒとも呼ばれる)の水揚げが盛んに行われており、「食材の宝庫」と呼んでもおかしくない地域です。

 


高知県JAこうち四万十

JA高知県は、県内12JA(JA土佐あき・JA土佐香美・JA土佐れいほく・JA南国市・JA長岡・JA十市・JA高知春野・JAとさし・JAコスモス・JA津野山・JA四万十・JA高知はた)と連合会機能が統合し、2019年1月1日に誕生しました。
JA高知県四万十支所は、高知県四万十町(旧窪川町)と中土佐町(旧大野見村地区)を管内としています。

 


高知県長岡郡本山町

本山町は四国の中央に位置し、高知県の北部の町です。
吉野川上流域に位置し、北には石鎚山地が、南には剣山地が連なる、豊かな自然の町です。
また町内にはシャクナゲや桜の見所も多く、春には町の至る所が美しいピンク色にそまる、花の町としても知られています。
土地の大部分を山地が占めますが、棚田を利用した米作りが古くから行われ、高知県内でも有数の米どころとなっています。

本山町には、西日本屈指の縄文遺跡である「松ノ木遺跡」があります。
縄文・弥生時代の貴重な遺物も多数出土しており、歴史は古く約8千年以上前にさかのぼります。
発掘された遺跡から、ここでの米づくりは、弥生時代に始まったと言われます。

また、本山町は早くから歴史の舞台として登場します。
戦国時代、土佐七人衆とうたわれた豪族の一人・本山氏がこの地に本山城を築き、支配の拠点とします。
四方を囲む山地が自然の要害となるこの地は、築城に格好の場所だったのです。
しかしその後本山氏は長宋我部氏に破れ、この辺りは長宋我部氏の支配下に置かれます。
山内一豊が土佐に入国してからの藩政時代には、野中兼山がこの地を支配。
「本山掟」と呼ばれる厳しい訓戒が存在したとも言われていますが、一方で兼山は白髪山から伐採した木材を吉野川で運び、借金の返済に充てるなど敏腕を振るいました。
これにより本山町は、剣山地北部・嶺北地方の中ではもっとも早くからひらけた土地であり、今でも林業や農業、畜産などが盛んに行われています。
旬菜工房もとやまHPより

 


高知県本山農業公社

財団法人本山町農業公社は平成6年4月、農林業を中心とした地域づくりを進めることを目的に設立しました。

平成25年4月には一般財団法人に移行。移行後の運営体制は、農地利用集積事業(農地貸借)と農作業受委託事業を公益目的事業とし、米生産事業と種苗事業、特産品普及事業などを収益事業と位置付け事業を行っています。

 


佐賀県杵島郡白石町

白石町は、佐賀県の南西部、佐賀市中心部から25km圏内に位置し、北は六角川を境に大町町(おおまちちょう)、江北町(こふくまち)、小城(おぎ)市に、西は武雄(たけお)市及び嬉野(うれしの)市に、南は塩田 (しおた) 川を境に鹿島(かしま)市に接し、東南部は有明海(ありあけかい)に面していて、町西方の杵島山系から東方へ広がる広大な白石平野は、古く弥生時代から自然陸化し、中世より現代まで幾多の干拓事業で造成された土地で、平成17年1月1日に旧白石町、旧福富(ふくとみ)町、旧有明町が合併して誕生しました。

 


佐賀県神崎郡千代田町

神埼市は、佐賀県の東部に位置し、東は神埼郡吉野ヶ里町及び三養基郡、北は佐賀市三瀬村及び脊振山地を隔てて福岡市、南は九州の大河、筑後川を挟んで福岡県久留米市城島町、西は県都の佐賀市と隣接しています。
地形は、城原川、田手川及び嘉瀬川の源流部をなす脊振山を最高峰とする北部の山間地域と、同河川が潤す肥沃な平野からなる南部の穀倉地帯とに分別される、縦に細長い形を成しています。

神埼市の総面積は、125.01kmであり、そのうち、地目別では、山林・原野などが約66%を占めており、田畑が28%、宅地は全体の5%強であり、緑豊かな環境が広がっています。
神埼市の気候は、比較的温暖多雨ですが、冬季には山間部では路面凍結や積雪を見るなど、四季の変化がはっきりした地域です。

 


佐賀県JAさが

2007年4月、佐賀県内の8JA(佐城・佐賀市・諸富町・富士町・さが東部・神埼郡・佐賀みどり・白石地区)が合併して、「JAさが」となりました。

佐賀市・鳥栖市・多久市・武雄市・鹿島市・小城市・嬉野市・神埼市・吉野ヶ里町・基山町・上峰町・みやき町・大町町・江北町・白石町・太良町の地形は、佐賀県の地勢のうち、大別して3つの地域に分けることができ、県南部を占める佐賀平坦地域は、筑紫平野及び佐賀平野を構成し、その土地は肥沃で生産力が極めて高い穀類地帯です。
県北部の天山・背振山麓地域は、筑紫山脈の西半分を構成し、地質は主に花崗岩質で、みかんを主とした果樹、米、野菜地帯です。
また、長崎県境にまたがる多良岳地域は、扇状台地が発達し、台地間には水田、台地上には畑地が開け、緩傾斜地も多く気候にも恵まれていることからみかんの産地となっています。
(JAさがHPより )

 


佐賀県唐津市相知町

唐津市は、佐賀県北西部の位置し、玄界灘に面する市です。
2005年(平成17年)に、東松浦郡の呼子町・鎮西町・肥前町・相知町・厳木町・浜玉町の6つの町と、北波多村の1ヵ村と新設合併して唐津市となった。
また、2006年(平成18年)に七山村を編入した。

市域は、東西約36km、南北約30kmに及び、総面積は約487.60kmで、佐賀県全体の約20%を占めています。
市の東部は福岡県糸島市、佐賀市、南部は多久市、武雄市、伊万里市、西部は玄海町、伊万里湾を隔てて長崎県松浦市に境界を接し、北部は玄界灘に面しています。
また、東部は背振山系が唐津湾に向かってなだらかに傾斜し、中部は松浦川の流域に沿って平坦部が広がり、西部には丘陵地帯の上場台地があります。
唐津湾は帯状の松原と砂浜が両翼に広がり、湾のほぼ中央に高島があります。

相知町(おうちちょう)は、佐賀県の北西部に位置する東松浦郡にあった町で、相知とは、川が「逢う地」に由来すると言われています。
かつては炭鉱の町として栄えていました。
2005年に合併して唐津市の一部になり「唐津市相知町」となっています。

南西の伊万里市から松浦川、南東の厳木町から厳木川、南から平山川、東から伊岐佐川(岐佐川)が入り、それぞれ狭い盆地を作りながら流れ、相知町の中心で合流し、そこから北流して唐津市に入っています。
八幡岳と作礼山の山塊を除けば標高は高くなく、丘陵地形を利用したため池が多い。

 


佐賀県唐津市厳木町

唐津市は、佐賀県北西部の位置し、玄界灘に面する市です。
2005年(平成17年)に、東松浦郡の呼子町・鎮西町・肥前町・相知町・厳木町・浜玉町の6つの町と、北波多村の1ヵ村と新設合併して唐津市となった。
また、2006年(平成18年)に七山村を編入した。

市域は、東西約36km、南北約30kmに及び、総面積は約487.60km2で、佐賀県全体の約20%を占めています。
市の東部は福岡県糸島市、佐賀市、南部は多久市、武雄市、伊万里市、西部は玄海町、伊万里湾を隔てて長崎県松浦市に境界を接し、北部は玄界灘に面しています。
また、東部は背振山系が唐津湾に向かってなだらかに傾斜し、中部は松浦川の流域に沿って平坦部が広がり、西部には丘陵地帯の上場台地があります。
唐津湾は帯状の松原と砂浜が両翼に広がり、湾のほぼ中央に高島があります。

厳木町(きゅうらぎまち)は、佐賀県の北部に位置し、石炭の町として知られていました。
旧JA佐賀松浦管内の霊峰天山の麓、標高650m程の佐賀県唐津市厳木町(きゅうらぎ)町の天川(あまがわ)地区は、古くより米が美味しい地区として有名で、「天領」として名高い地区です。
夏の昼間は平地との気温差が5度前後ですが、夏の夜でも毛布が無いと眠れないほどに冷え込むこともある、寒暖の差が激しい場所です。
空気が澄みきっているため、夜空を見上げれば、満天の天の川が流れ、まるで織姫と彦星がすぐ側にいるかのようです。
また、天川地区の土壌は砂質土で、天山山系の良質な伏流水にも恵まれ、タンパク質の少ない極上米を栽培するのに最も適した棚田です。
近くには九州では珍しい天山スキー場があります。

 


佐賀県JAからつ

旧JA唐津市、旧JA松浦東部、旧JA佐賀松浦、旧JA上場が合併し、平成18年4月1日にJAからつ(唐津農業協同組合)になりました。

旧JA唐津市は、佐賀県の北東に位置し、松浦川流域を中心とする下場地区と中山間地区大半を占め、中山間特有の棚田を利用したコシヒカリの栽培、下場地区では、夢しずく・たんぼの夢といった品種又は土壌の特性を活かした栽培を行っています。
また、自然薯や唐津いちごが定着し、一大産地となっています。

旧JA松浦東部は、浮岳の清流を玄海の黒潮に育まれ、春には苺、夏には温室みかん、秋には有機米と温州みかんなど、手しおにかけて育てたふるさとの味をお届けします。

旧JA佐賀松浦は、標高50~650mまでの中山間地にあり、厳木地区と相知地区からなります。
主にヒノヒカリ・夢しずく・さがびよりが栽培され、低タンパク米(食味が良いとされる)として有名です。

旧JA上場は、古くから上場台地と呼ばれ、標高100~200mの山が波状的に起伏し、玄武岩質からなる丘陵地帯ですが、対馬海流の影響を受け気候が温暖であるため、コシヒカリ、いちご、みかん、畑作たまねぎ等を中心とした農産果樹園芸作物の生産が盛んな地域です。
また、肥育牛をはじめ、繁殖牛・乳用牛を中心とした畜産物の生産販売高は県内でも群を抜いており、畜産振興に最も力を入れている地域でもあります。

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