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産地情報-2

契約産地情報-2

新潟県魚沼市

魚沼市は、平成16年11月1日に、北魚沼郡堀之内町、小出町、湯之谷村、広神村、守門村、入広瀬村が合併して誕生しました。
新潟県の南東部に位置し、福島県と群馬県の県境に接していて、西を魚沼丘陵、東を越後山脈に挟まれた魚沼盆地の北方に位置する魚沼市は、夏は高温多湿で、冬は3メートルもの積雪がある豪雪地帯です。

北魚沼地方:魚沼市(旧 小出町、堀之内町、湯之谷村、広神村、守門村、入広瀬村、小千谷市、 川口町(長岡市へ合併)
中魚沼地方:十日町市(旧 十日町市、中里村、川西町、松代町、松之山町)、津南町
南魚沼地方:南魚沼市(旧 六日町、塩沢町、大和町)、湯沢町

 

新潟県長岡市川口

川口町(かわぐちまち)は、かつて新潟県北魚沼郡に存在していた町です。
小千谷市への通勤率は27.4%・長岡市への通勤率は10.4%(いずれも平成17年国勢調査)。
2010年3月31日に、長岡市へ編入しています。
合併前まで、長岡市と境を接してはいなかったため、飛び地合併となってしまいました。
信濃川とその最大支流の魚野川との合流点でもあります。

 

新潟県入広瀬

入広瀬村(いりひろせむら)は、新潟県北魚沼郡にあった村。
2004年11月1日に小出町、堀之内町、湯之谷村、広神村、守門村との合併により魚沼市となりました。
国内有数の豪雪地帯であり、1936年(昭和11年)には積雪606cmを観測したました。

 

新潟県JA魚沼

令和5年3月7日開催の、第4回魚沼地区JA合併協議会、及び令和5年4月3日開催の第5回魚沼地区JA合併協議会にて、「JA十日町、JA津南町、JA北魚沼、JA越後おぢや」の4JAは、経営基盤の強化や魚沼産米のブランド力アップなどを目指していくために、2024年2月に合併して「魚沼農業協同組合(JA魚沼)」となりました。
JAみなみ魚沼(JA魚沼みなみ・JAしおざわ)は不参加となりました。

名称考案理由は、全国的に知名度のある魚沼地域のJAであり、特にコメの生産地としてブランド力のある「魚沼」とするはこと、農産物の販売を進めるうえで有利に展開できること。
特に判り易くて表記が短く、知名度のある「魚沼」とすることで、魚沼ブランド地域のJAであることを組合員やお客様に認知してもらうことが出来るです。

北魚沼は、新潟県中越地方の群馬県、福島県と隣接する魚沼市、長岡市川口地区を区域としています。
越後三山を背景に鮎漁の盛んな清流魚野川や悠々と流れる日本一の大河信濃川など、自然に恵まれた、緑豊かな農村地帯です。
魚沼市、長岡市川口地区を合わせた総面積は約1,000km、耕地面積は約4,100haで、農業は稲作が中心です。
地域は県内でも有数の豪雪地帯でもあります。
JA魚沼(旧:JAきた魚沼)HPより

 

新潟県佐渡市

佐渡市(さどし)は、新潟県西部に位置する佐渡島全域を市域とする人口約5万6000人の市。
面積は854.76km、これは、島嶼部を除いた東京都(東京23区・多摩地域)の面積1791.47kmの約48%にあたり、また大阪府の面積1897.86kmの約45%に相当する。
(ウィキペディアより)

自然環境と一体となって形成する歴史的・文化的遺産、特に建造物や史跡、民俗文化財などは、地域の誇りとして大切に保存、継承してきた貴重な財産です。
佐渡島は、豊かな自然とともに育まれてきた固有の歴史的・文化的遺産に恵まれ、これらの核になるものは、文化財保護制度などにより保護が図られています。
特に佐渡島には金銀山に関連する遺跡・建造物などが広く分布し、人類が獲得したすべての鉱山技術の変遷を目の当りにできる島として、世界的にも稀有な存在といえます。

江戸時代初期には、世界の産金量の実に5%にあたる年間約400kgの金を産出し、各地から山師や金堀大工などが佐渡に集まり、17世紀前半の最盛期には相川の人口は5万人に達したといわれています。
島外からの人々の流入により、さまざまの宗教、芸能、風俗などが持込まれ、在来の文化と交流して多様性のある独自の文化が佐渡で花開きました。
33棟が現存する能舞台と能楽、神事芸能、鬼太鼓などの民俗芸能は、鉱山に由来するものです。
佐渡市では、「金と銀の島、佐渡:鉱山とその文化」をコンセプトに、世界遺産登録を目指しています。(佐渡市HPより)

 

新潟県JA佐渡

JA佐渡・JA羽茂は令和6年3月1日をもって合併し、JA佐渡の1JA体制となりました。
合併の理由は、農業・地域の環境が大きく変化している中で、生産活動を維持し後世に繋いでいくためには、今ある地域の力を結集し、環境変化に一致協力して対応していく必要があります。
そのためにJAの果たす役割は大きく、その事業を維持・向上させ地域の諸課題の解決に取り組むため、合併による組織・事業・経営の強化を一つの道として、佐渡地区の2JAの力を結集し協同の力で乗り越えていく必要があります。
これまで以上に、農業や地域に対して役割を発揮し、組合員・利用者・地域に貢献するため、合併による組織・経営基盤の整備・強化を行います。

 

福井県吉田郡永平寺

福井県都福井市に隣接する永平寺町は、県内最大の河川九頭竜川が中央を流れ、町内には九頭竜川に平行して国道416号線とえちぜん鉄道(勝山永平寺線)が走っています。
西部には北陸自動車道が南北に通っており、福井北ICが近くに位置しています。

大本山永平寺や吉峰寺、松岡古墳群など多くの歴史文化資源が集積しています。
また、福井大学医学部、福井県立大学など学術研究機関なども立地しています。(永平寺町HPより)

 

新潟県JAふくい永平寺

JA永平寺は、1972年(昭和47年)に吉田郡管内の4農協が合併し吉田郡みどり農協を設立し、1982年(昭和57年)に名称変更し吉田郡農業協同組合となり、2016年(平成28年)の名称変更により現在の永平寺町農業協同組合(JA永平寺)となりましたが、2020年4月1日に「JA福井県」となりました。

中心部を貫いて流れる清流大河九頭竜川は水量が豊富で太い流れに育った鮎は身が締まりおいしいことで有名です。
山麓一帯は白山水系にも恵まれ、肥沃な土壌で生産工程管理記帳により丹精込めて育てられたお米は県内でも有数の良食味米です。
近年では、れんげの花を咲かせそれによる養分で栽培する特別栽培米「れんげ米」にも力を入れています。
(JA永平寺より)

JA福井県は、2020年4月1日に、福井県内にある10のJAが合併して発足しました。
合併に参加したのは、JA福井市、JA福井市南部、JA永平寺、JA花咲ふくい、JAはるえ、JAテラル越前、JAたんなん、JA越前丹生、JA敦賀美方、JA若狭で、JA越前たけふの区域を除いた地域です。

 

長野県飯山市

長野県内で最も低い千曲川沖積地に広がる飯山盆地を中心に、西に関田山脈・東に三国山脈が走る南北に長い地形をもっており、南西部には斑尾高原、北西部には鍋倉山、東部には北竜湖などがあり、多くの自然資源に恵まれた地となっています。

近傍都市への距離は、長野市へ36km、中野市へ15km、新潟県妙高市へは25kmとなっています。
主要交通網としては、国道117号・292号・403号が市内を走り、長野市から新潟県十日町方面へJR飯山線が走っています。

飯山の気候は、春から秋にかけては内陸盆地型気候となっています。
冬季は日本海からの季節風が、南西の斑尾山から北西の鍋倉山にかけて連なる関田山脈の影響によって上昇気流を生じるため、日本でも有数の豪雪地帯となっています。
年平均気温は11.1℃、年降水量は1,555mであり、最深積雪平均は平地で176cm、山間部では350cmを上回り、一年のうち約3分の1の期間が、雪におおわれています。

千曲川に注ぎ込む大小のさまざまな河川を辿れば、そこには豊潤な大地が一面に広がり、さらに上流では、名水の誉れ高い湧き水と豊かな森が広がっています。
さらに、日照時間が多く、昼夜の寒暖の差が大きい、この地域ならではの気候と環境が、美味しいお米を作り上げる大切な要素なのです。

 

長野県JAながの

2016年9月1日に、北信にあった5つのJA(JAちくま・JA須高・JAながの・JA志賀高原・JA北信州みゆき)が合併し、「JAながの」となりました。
JA北信州みゆきは、長野県飯山市に本部を置いていた農業協同組合で、2016年(平成28年)にJAながのと合併し消滅しました。

 

長野県ブナの恵

長野県の北信州に位置する飯山市の一般社団法人「ブナの恵」です。

 

長野県北安曇野郡松川村

長野県の北西部、安曇野の北寄りに位置し、東西10.8km、南北7.3kmで、西北部には急峻で雄大な北アルプスが聳え、この北アルプスに源を発する高瀬川、乳川、芦間川、中房川に囲まれた、面積47.08kmの山紫水明な平地農村です。
豊かな田園風景が広がり、安曇野の田園風景が残るところと言われています。
また、日本の中でも、自然の鈴虫が生息する数少ない地域で「鈴虫の里」と呼ばれています。

農地は、標高560mから630mの平坦地にあり、総耕地面積1,257haの主は稲作が中心で、北アルプスの山々から流れる清流と、肥沃な大地、日中と夜間の大きな気温差など、お米の生育にとって恵まれた環境です。

 

長野県鈴ひかり(乳川の里)

株式会社「乳川の里」は、信州安曇野松川村板取区西部地区の農家が設立した農業生産法人です。
名峰有明山を西に臨み、ちひろ公園前を流れる清流乳川の東に広がる肥沃な水田農業地帯で、特別栽培米「コシヒカリ」、長野県オリジナル米「風さやか」、上質酒米「美山錦」「ひとごこち」、「サンふじ」や「シナノスイート」などのりんごを栽培しています。

 

岐阜県下呂市

下呂市は、岐阜県の中東部に位置し、北は高山市、南は加茂郡、西は郡上市、関市、東は中津川市と長野県に接しています。
ほぼ中央を飛騨川が南へ流れ、西には馬瀬川があり、周囲には霊峰御嶽山をはじめ1000もを越える急峻な山々がそびえ、飛騨木曽川国定公園や県立自然公園なども位置する自然豊かな地域です。
また、飛騨川に沿って国道41号やJR高山本線が通り、横断する形で国道256号等が通じています。
下呂市HPより

 

三重県鈴鹿市

鈴鹿市は、東に伊勢湾、西に鈴鹿山脈と恵まれた自然環境の中にあり、伝統ある歴史と文化に育まれ、生き生きとした生活ができるまちです。

昭和17年12月、軍都として2町12カ村が合併し、人口約5万2,000人から出発した本市は、自動車産業など数多くの企業を誘致し、伊勢湾岸地域有数の内陸工業都市として発展してきました。
また、農業においても、恵まれた豊かな大地で、茶や花木をはじめ、水稲などの生産が活発に行われ、農業と工業がともに成長した「緑の工都」として現在に至っています。
さらに近年では、国際交流や市民文化の向上に力を入れるなど、あらゆる面からの発展を遂げてきました。

市の総面積は194.46km、人口約20万人で、産業、経済、文化、市民生活など調和のとれた発展を続け、国際的な観光都市としても知られています。
鈴鹿市HPより

 

滋賀県東近江市

東近江市は、滋賀県の南東部に位置し、北は彦根市、愛荘町、多賀町、南は竜王町、日野町、甲賀市、西は近江八幡市と接しており、東は三重県との県境になっています。
地形は東西に細長く、東に鈴鹿山系、西に琵琶湖があり、愛知川が市域の中央を流れています。
また、市の南西部には日野川が流れています。
この両川の流域には平地や丘陵地が広がり、緑豊かな田園地帯を形成しています。
さらに地域内には箕作山(みつくりやま)や繖山(きぬがさやま)などが点在し、豊かな自然に恵まれています。
総面積は、約388km(滋賀県総面積の約9.7%)で、高島市・長浜市・甲賀市・大津市に次いで県内で5番目に大きな市です。

そして、愛知川によって形成された平野部を中心に、田園地帯が広がっており、市域の22%(山林を除いた面積の51%)を水田が占めています。
本市の農業は、この湖東平野の肥沃な土地により、良質な近江米、麦、野菜、乳用牛、花卉、果実などの高い農業生産を誇っています。
また、山間部では政所茶に代表されるお茶の産地としても名声を博しています。
東近江市HPより

 

島根県隠岐郡隠岐の島

隠岐の島町は、島根半島から北東約80km沖合い、北緯36度(新潟県南魚沼とほぼ同位置)島根半島の北方約60kmに位置し、北緯は石川県南部とほぼ同じ位置にあり、大小180を超える日本海に浮かぶ群島です。
交通機関は島根半島よりフェリーで2時間半、高速船で1時間10分、大阪より飛行機で1時間です。

隠岐の気候は近海を流れる対馬暖流の影響を受け、夏冬の気温差比較的少ない海洋性気候厳冬期を除き通年温暖。
隠岐固有の動植物など希少な自然が良好に保持されていることから、2013年9月9日に、ユネスコの隠岐世界ジオパーク(国内6箇所目)に認定されました。
世界的に貴重な地形・地質や美しい自然環境がのこり、それらをうまく利用した人々の暮らしや文化、歴史があり、その営みを継承する仕組みが残る自然豊かな他に類を見ない貴重な島です。

隠岐は、古くは流刑の島でした。
特に貴族など政治犯が流された島であり、後鳥羽上皇や後醍醐天皇などが有名で、貴族文化の影響を受け、独特の伝統と文化が保存継承されています。

 

島根県邑智郡邑智町

島根県のほぼ中央に位置し、東側は出雲市、西側は江津市、浜田市と接しており、南側は広島県の境とも接しています。
「中国太郎」の異名を持つ中国地方最大の川、「江の川」流域の本支流沿いに位置する自然豊な農村地帯です。

標高50~100mの地域に位置する川本町・美郷町「旧邑智町・旧大和村」・江津市桜江町と邑南町の一部の地域(旧羽須美村)、江の川支流、標高200~400mの地域に位置する邑南町「旧瑞穂町」「旧石見町」の1市3町に大別されています。

前者は冬期の積雪も少なく比較的温暖で、河川沿いということもあり、その特色を生かし、ゴボウ・茶等の生産が盛んである。
後者は中国山地の麓に位置し高原・盆地状の地形で比較的平坦地も多く、稲作、高原野菜、酪農、和牛の生産地で、古くから堆肥を活用した土づくりが行われており、肥沃な大地で育まれるお米の評価は高く、良品質米の産地として知られています。

 

島根県浜田市弥栄町

弥栄町の南にそびえる雄大な弥畝山(やうねやま)にちなんで命名された「弥栄村」は、昭和31年8月に安城村と杵束村の2か町村合併により誕生しました。
49年の歴史を刻んだのち、平成17年10月1日に新浜田市弥栄町となりました。
人口約1,400人、総面積105.5kmの、自然豊かな山間の小さな町です。

日本海に面した「漁港の町 浜田」から車で約30分。
いくつものトンネルをぬけ、山の奥へ奥へと進むと、静かな山あいに懐かしい田園風景が現れます。 そこには信号もコンビニもなく、あるのは手つかずの自然と、人々がていねいに育みつづけてきた田畑のみです。
大自然にそっと寄り添うようなその風景は、まさに「秘境」そのものです。

 

島根県太田市仁摩町宅野

仁摩町宅野は島根県中央部にあり、東は大田市、南は温泉津町に接し西は日本海に面していて、宅野浦を有しています。
総面積の76%が丘陵地帯で、この地域の主産業は農林漁業です。
沿岸砂丘地帯はイワシ網を主とした沿岸漁業が早くから行われ、人口吸引を強めて漁業集落を形成していました。

古くから左官の出稼地として有名で、石見銀山が本格的に開発された大永6年(1526)頃から、採掘された銀鉱石は、この宅野や馬路から博多に積出されていて、江戸期を通じて幕府領大森代官所支配地でした。

 

高知県高岡郡四万十町

高知県西南部の清流四万十川の中流域に位置しており、管内は、東は太平洋に面した海抜0mの温暖な地区と、北西部は四国山脈に囲まれた中山間地です。

窪川地区の米作りは、今から約400年前の江戸時代初期よりはじまったと伝えられています。
県内でも歴史のある米の産地であり、県内唯一の大規模乾燥調整貯蔵施設(カントリーエレベーター)が設置されていることでも有名で、「一年間を通じて新米の味をお届けする」をモットーにお米の販売も積極的に行っています。

お米のほか特産品には、台地部で栽培されている日本一の生産量を誇る生姜をはじめ、ハウス栽培ではニラやキュウリ、水耕セリ等のほか、海岸部では温暖な気候を利用したハウスミョウガ、ピーマンの栽培も行われています。
また、乳牛、和牛、養豚、養鶏などの畜産も盛んな町でもあります。
水産業では、四万十川産の天然鮎や養殖ウナギなどのほか、海岸部ではシーラ(マヒマヒとも呼ばれる)の水揚げが盛んに行われており、「食材の宝庫」と呼んでもおかしくない地域です。

 

高知県JAこうち四万十

JA高知県は、県内12JA(JA土佐あき・JA土佐香美・JA土佐れいほく・JA南国市・JA長岡・JA十市・JA高知春野・JAとさし・JAコスモス・JA津野山・JA四万十・JA高知はた)と連合会機能が統合し、2019年1月1日に誕生しました。
JA高知県四万十支所は、高知県四万十町(旧窪川町)と中土佐町(旧大野見村地区)を管内としています。

 

高知県長岡郡本山町

本山町は四国の中央に位置し、高知県の北部の町です。
吉野川上流域に位置し、北には石鎚山地が、南には剣山地が連なる、豊かな自然の町です。
また町内にはシャクナゲや桜の見所も多く、春には町の至る所が美しいピンク色にそまる、花の町としても知られています。
土地の大部分を山地が占めますが、棚田を利用した米作りが古くから行われ、高知県内でも有数の米どころとなっています。

本山町には、西日本屈指の縄文遺跡である「松ノ木遺跡」があります。
縄文・弥生時代の貴重な遺物も多数出土しており、歴史は古く約8千年以上前にさかのぼります。
発掘された遺跡から、ここでの米づくりは、弥生時代に始まったと言われます。

また、本山町は早くから歴史の舞台として登場します。
戦国時代、土佐七人衆とうたわれた豪族の一人・本山氏がこの地に本山城を築き、支配の拠点とします。
四方を囲む山地が自然の要害となるこの地は、築城に格好の場所だったのです。
しかしその後本山氏は長宋我部氏に破れ、この辺りは長宋我部氏の支配下に置かれます。
山内一豊が土佐に入国してからの藩政時代には、野中兼山がこの地を支配。
「本山掟」と呼ばれる厳しい訓戒が存在したとも言われていますが、一方で兼山は白髪山から伐採した木材を吉野川で運び、借金の返済に充てるなど敏腕を振るいました。
これにより本山町は、剣山地北部・嶺北地方の中ではもっとも早くからひらけた土地であり、今でも林業や農業、畜産などが盛んに行われています。
旬菜工房もとやまHPより

 

高知県本山農業公社

財団法人本山町農業公社は平成6年4月、農林業を中心とした地域づくりを進めることを目的に設立しました。

平成25年4月には一般財団法人に移行。移行後の運営体制は、農地利用集積事業(農地貸借)と農作業受委託事業を公益目的事業とし、米生産事業と種苗事業、特産品普及事業などを収益事業と位置付け事業を行っています。

 

佐賀県杵島郡白石町

白石町は、佐賀県の南西部、佐賀市中心部から25km圏内に位置し、北は六角川を境に大町町(おおまちちょう)、江北町(こふくまち)、小城(おぎ)市に、西は武雄(たけお)市及び嬉野(うれしの)市に、南は塩田 (しおた) 川を境に鹿島(かしま)市に接し、東南部は有明海(ありあけかい)に面していて、町西方の杵島山系から東方へ広がる広大な白石平野は、古く弥生時代から自然陸化し、中世より現代まで幾多の干拓事業で造成された土地で、平成17年1月1日に旧白石町、旧福富(ふくとみ)町、旧有明町が合併して誕生しました。

 

佐賀県神崎郡千代田町

神埼市は、佐賀県の東部に位置し、東は神埼郡吉野ヶ里町及び三養基郡、北は佐賀市三瀬村及び脊振山地を隔てて福岡市、南は九州の大河、筑後川を挟んで福岡県久留米市城島町、西は県都の佐賀市と隣接しています。
地形は、城原川、田手川及び嘉瀬川の源流部をなす脊振山を最高峰とする北部の山間地域と、同河川が潤す肥沃な平野からなる南部の穀倉地帯とに分別される、縦に細長い形を成しています。

神埼市の総面積は、125.01kmであり、そのうち、地目別では、山林・原野などが約66%を占めており、田畑が28%、宅地は全体の5%強であり、緑豊かな環境が広がっています。
神埼市の気候は、比較的温暖多雨ですが、冬季には山間部では路面凍結や積雪を見るなど、四季の変化がはっきりした地域です。

 

佐賀県JAさが

2007年4月、佐賀県内の8JA(佐城・佐賀市・諸富町・富士町・さが東部・神埼郡・佐賀みどり・白石地区)が合併して、「JAさが」となりました。

佐賀市・鳥栖市・多久市・武雄市・鹿島市・小城市・嬉野市・神埼市・吉野ヶ里町・基山町・上峰町・みやき町・大町町・江北町・白石町・太良町の地形は、佐賀県の地勢のうち、大別して3つの地域に分けることができ、県南部を占める佐賀平坦地域は、筑紫平野及び佐賀平野を構成し、その土地は肥沃で生産力が極めて高い穀類地帯です。
県北部の天山・背振山麓地域は、筑紫山脈の西半分を構成し、地質は主に花崗岩質で、みかんを主とした果樹、米、野菜地帯です。
また、長崎県境にまたがる多良岳地域は、扇状台地が発達し、台地間には水田、台地上には畑地が開け、緩傾斜地も多く気候にも恵まれていることからみかんの産地となっています。
(JAさがHPより )

 

佐賀県唐津市相知町

唐津市は、佐賀県北西部の位置し、玄界灘に面する市です。
2005年(平成17年)に、東松浦郡の呼子町・鎮西町・肥前町・相知町・厳木町・浜玉町の6つの町と、北波多村の1ヵ村と新設合併して唐津市となった。
また、2006年(平成18年)に七山村を編入した。

市域は、東西約36km、南北約30kmに及び、総面積は約487.60kmで、佐賀県全体の約20%を占めています。
市の東部は福岡県糸島市、佐賀市、南部は多久市、武雄市、伊万里市、西部は玄海町、伊万里湾を隔てて長崎県松浦市に境界を接し、北部は玄界灘に面しています。
また、東部は背振山系が唐津湾に向かってなだらかに傾斜し、中部は松浦川の流域に沿って平坦部が広がり、西部には丘陵地帯の上場台地があります。
唐津湾は帯状の松原と砂浜が両翼に広がり、湾のほぼ中央に高島があります。

相知町(おうちちょう)は、佐賀県の北西部に位置する東松浦郡にあった町で、相知とは、川が「逢う地」に由来すると言われています。
かつては炭鉱の町として栄えていました。
2005年に合併して唐津市の一部になり「唐津市相知町」となっています。

南西の伊万里市から松浦川、南東の厳木町から厳木川、南から平山川、東から伊岐佐川(岐佐川)が入り、それぞれ狭い盆地を作りながら流れ、相知町の中心で合流し、そこから北流して唐津市に入っています。
八幡岳と作礼山の山塊を除けば標高は高くなく、丘陵地形を利用したため池が多い。

 

佐賀県唐津市厳木町

唐津市は、佐賀県北西部の位置し、玄界灘に面する市です。
2005年(平成17年)に、東松浦郡の呼子町・鎮西町・肥前町・相知町・厳木町・浜玉町の6つの町と、北波多村の1ヵ村と新設合併して唐津市となった。
また、2006年(平成18年)に七山村を編入した。

市域は、東西約36km、南北約30kmに及び、総面積は約487.60km2で、佐賀県全体の約20%を占めています。
市の東部は福岡県糸島市、佐賀市、南部は多久市、武雄市、伊万里市、西部は玄海町、伊万里湾を隔てて長崎県松浦市に境界を接し、北部は玄界灘に面しています。
また、東部は背振山系が唐津湾に向かってなだらかに傾斜し、中部は松浦川の流域に沿って平坦部が広がり、西部には丘陵地帯の上場台地があります。
唐津湾は帯状の松原と砂浜が両翼に広がり、湾のほぼ中央に高島があります。

厳木町(きゅうらぎまち)は、佐賀県の北部に位置し、石炭の町として知られていました。
旧JA佐賀松浦管内の霊峰天山の麓、標高650m程の佐賀県唐津市厳木町(きゅうらぎ)町の天川(あまがわ)地区は、古くより米が美味しい地区として有名で、「天領」として名高い地区です。
夏の昼間は平地との気温差が5度前後ですが、夏の夜でも毛布が無いと眠れないほどに冷え込むこともある、寒暖の差が激しい場所です。
空気が澄みきっているため、夜空を見上げれば、満天の天の川が流れ、まるで織姫と彦星がすぐ側にいるかのようです。
また、天川地区の土壌は砂質土で、天山山系の良質な伏流水にも恵まれ、タンパク質の少ない極上米を栽培するのに最も適した棚田です。
近くには九州では珍しい天山スキー場があります。

 

佐賀県JAからつ

旧JA唐津市、旧JA松浦東部、旧JA佐賀松浦、旧JA上場が合併し、平成18年4月1日にJAからつ(唐津農業協同組合)になりました。

旧JA唐津市は、佐賀県の北東に位置し、松浦川流域を中心とする下場地区と中山間地区大半を占め、中山間特有の棚田を利用したコシヒカリの栽培、下場地区では、夢しずく・たんぼの夢といった品種又は土壌の特性を活かした栽培を行っています。
また、自然薯や唐津いちごが定着し、一大産地となっています。

旧JA松浦東部は、浮岳の清流を玄海の黒潮に育まれ、春には苺、夏には温室みかん、秋には有機米と温州みかんなど、手しおにかけて育てたふるさとの味をお届けします。

旧JA佐賀松浦は、標高50~650mまでの中山間地にあり、厳木地区と相知地区からなります。
主にヒノヒカリ・夢しずく・さがびよりが栽培され、低タンパク米(食味が良いとされる)として有名です。

旧JA上場は、古くから上場台地と呼ばれ、標高100~200mの山が波状的に起伏し、玄武岩質からなる丘陵地帯ですが、対馬海流の影響を受け気候が温暖であるため、コシヒカリ、いちご、みかん、畑作たまねぎ等を中心とした農産果樹園芸作物の生産が盛んな地域です。
また、肥育牛をはじめ、繁殖牛・乳用牛を中心とした畜産物の生産販売高は県内でも群を抜いており、畜産振興に最も力を入れている地域でもあります。

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・銀行振込(事前ご入金)

・郵便振替(事前ご入金)

※代金引換、代金後払い(コンビニエンスストア・郵便局)の場合、手数料はお客様負担となります。

※銀行振込、郵便振替の場合は、事前ご入金となります。

 また、手数料もお客様負担となります。

お支払口座

◆銀行

・城南信用金庫 碑衾支店(ヒフスマシテン)

 当座:540491 名義:株式会社スズノブ

・三井住友銀行 都立大学駅前支店

 当座:232645 名義:株式会社スズノブ

◆郵便局

・口座番号:00130-8-412850

 加入者名:株式会社スズノブ

配送について

●1回のご注文の総キロ数について

1回のご注文の総キロ数は28kgとなります。

総キロ数が28kgを超える場合は、注文を分けてお願いいたします。

●配送時間について

以下の希望時間帯の指定が可能です。

・午前中(12時まで)

・12時~14時の配送はございません

・14時~16時

・16時~18時

・18時~20時

・19時~21時

送料

(10% 税込価格)

◆ヤマト配送料金に対して、当社が20~40%ご負担いたします

お問い合わせ

03-3717-5059

受付時間 : 平日(月~金曜日) 9:30~17:30

(日・祝日、年末年始・夏季などの特別休業日を除く)

お問い合わせフォームは24時間受付中です。

確認ができ次第、担当より迅速にご対応させて頂きます。

会社概要

株式会社スズノブ

〒152-0031

東京都目黒区中根2-1-15

代表者:西島 豊造

(東横線「都立大学駅」より駅前通り徒歩3分)

TEL:03-3717-5059

FAX:03-3723-7235

営業時間:9:30-18:30

定休日:日曜日・祝日(お米の発送はございません)

URL:https://www.suzunobu.com

E-Mail:webshop@suzunobu.com

西島豊造E-Mail:nishijima@suzunobu.com